tortillaの日記

文章を書くのは日々のできごとの整理。

1年の振り返りスピーチ

たまには、仕事の話を。
昨年の年末最後の授業で「1年を振り返ってみよう」というテーマで、1コマ(90分)授業をした。それをしようと思い立ったきっかけは、「今年最後の1コマが残ってしまった!さぁ、どうしよう」という計画ミスだったが、結果的にはこの授業ができてよかったと思っている。会話クラスやほかのクラスでは旧正月前に、できれば2コマ3コマ使って、1年の振り返りをしたい。

大まかな授業の流れとしては、

1、各自で1年間にあったことを思い出してみる。

2、思い出したことの中で、一番思い出に残っていることを1つ選ぶ。

3、その思い出についてペアで話す。

4、思い出について、作文を書く。

5、思い出についてクラスメイトの前で発表。

6、発表を聞いて、コメントを書く。

こんな感じの計画を立てた。

1、1年間にあったことを思い出してみる。
これに関してはほぼうまくいったと思う。漠然としすぎていると思ったので、1年を4つに分けた。最初は春夏秋冬で分けようと思ったのだが、夏が長すぎるので、3か月ごとに分けた。日付をはっきり覚えていることは少ないだろうから、あいまいでいいと付け足し。それから、なるべくたくさん思い出してほしいと思ったので、1つの期間でだいたい2つくらいは思い出してみようと付け足し。
→ここはうまくいって、手帳を広げたり、スマホの写真をみたりして、1年に何があったか真剣に考えている様子だった。旅行とかの大きなイベントだけでなく、遊びに行った先で犬を拾って飼い始めたとか、連休中も休日出勤したとか、学生たちも様々な日常を送っていることが垣間見られた。

2、思い出したことの中で、一番思い出に残っていることを1つ選ぶ。
これは、3以降のことをするための下準備。「1月に××して、2月に△△して、…12月に○○しました。」と列挙するだけで終わってしまうことは避けたかったので、1つに絞って、それについて詳しく話してもらうことにしたかった。
→ただ漠然と「いちばんのものを選んでください」と指示するのではなく、最終ゴール(スピーチをする)を提示してから選んでもらえばよかった。

3、その思い出についてペアで話す。
ここはペアによって明暗が分かれたところ。「自分のことを話す」というのはみんなできるが、「相手の話を聞き、会話を広げる」ことができたペアとできなかったペアがあった。目的としては作文を書く前の下準備として、お互いに考えを引き出しあうことだったが、できた人とできなかった人で雲泥の差だった。
→「相手の話を聞き、会話を広げる」練習をしてこなかった結果だと言える。どうやってその練習をさせればいいのか、方法が見つからない…。

4、思い出について、作文を書く。
これについては概ねできた。
→読み手がいることをもう少し意識させればよかったかもしれない。3の活動が4にいい影響があったかどうか、よくわからなかった。

5、思い出についてクラスメイトの前で発表。
これの前に、前に出たときの話し方について確認をした。聞き手がいることを意識して、どんなことに注意すればいいか。スピーチの初めと終わりにはどんな言葉を話したほうがいいか。始めに名前とスピーチのテーマを言い、終わりには、「以上です、ありがとうございました。」ということに決定。
→発表はそれぞれ個性のある発表をしてくれた。作文添削の時間があれば、それをしてから発表させたいなと思う。聞き手もそれぞれ楽しそうに聞いていた。

6、発表を聞いて、コメントを書く。
事前にプリントを配り発表者に対してひとことふたこと、聞き手からのフィードバックをする。一人ずつコメントを発表させる時間もないので、紙に書いてもらい、後日手渡す。
→指示がうまくできず、実行できなかった。回収したプリントを見ると、多くの学生は発表の要点を書いていた。互いの発表内容を理解していたことがわかり、安心したが、やはり発表者へのフィードバックとして使いたい。

授業後はプリントを回収し、プリント、主に作文の添削をした。
一コマの授業としては詰め込みすぎたが、このように4技能使えるような授業を定期的に行っていきたいと思う。

今週のお題「2018年の抱負」

お正月感のないお正月も6回目。年々お正月に実家に帰りたい衝動が大きくなっている。「次のお正月こそは!」と、去年と同じセリフをそこかしこにばらまいている。今年の年末年始は土日の関係で、12/29~1/1の4連休になりそうなので、大きなチャンスだ。夫も子どもも連れて帰るなら今年の年末しかない!

ということで、今年の目標も「12月末に実家へ帰る」だ。
そして、もう一つ持ち越しの「1人で車を運転できるようになる」これもぜひ達成させたい。

2018年の抱負…と言われるとなかなか書きづらい。
価値観の違いにとらわれず、もっと自分に自由に生きていきたい。
何とか周りに合わせようとする今までの生き方ではそろそろ限界が来ていて、つらい。
周りからは「辛かったら実家に帰って休んでくればいい」、と言われるけど、そんな付け焼刃的な対策をしたところで、一定期間経てばまた、帰りたくなるのがオチだ。変化を恐れず、嫌なところからは素直におりて、それによって生じることに立ち向かっていきたい。
「自分の生き方を変える」
これが、今年の抱負かな。

今週のお題「2018年の抱負」

披露宴まで②

①の続き。

披露宴まで① - tortillaの日記

 その後も紆余曲折あったが、自分の状態が安定してきて、下の子も連れて家族4人で日本へ行く計画も出てきたので、それを機に披露宴の話を進めようかと考え始めた。今更感もあったが、前回結婚式をキャンセルしたことで祖母が悲しそうだったという話や母が「台湾で仕事をすると言って家を出て行って以来、いつの間にか嫁いでしまい、なんとなくあやふやな感じがする」と言っていたことがずっと頭の片隅にあった。夫に話したところ、私の状態が整うのを待っていたと言われたし、義母もうちの両親にとっては大事なことだろうからしたほうがいいんじゃないか。と言ったので、また話を進めることにした。それが、今年の春の話だ。

 結婚式はせず、披露宴だけすることにした。場所は昨年決めた料亭がいい…。でも、去年本予約と衣装合わせの日程を決めたにもかかわらずキャンセルした手前、申し訳なさと恥ずかしさがあったので、昨年の謝罪と私がそこでしたい思いのたけをメールした。

 日程決めは空き状況を聞いて、まず日本の両親妹の希望を聞き、それをもとに義父が占いをしてさらに絞り込み、最終決定をした。予約金の支払い契約のサインなどは両親にお願いし、その他はメールのやり取りで決めていった。私が疑問に思っていた披露宴の意義、私の希望などすべてをプランナーの方に相談し、一つ一つ丁寧に答えてもらった。

 5月の帰国時には衣装合わせと当日の進行の大枠の決定などをした。衣装合わせでは何色の衣装を着たいか、イメージなどを事前に伝えておき、それに合ったものをお店の方が前もって選んでくれていたため、スムーズに決まった。お店の方が子どもたちと遊んでくれたおかげで安心して選ぶことができた。打ち合わせの時は子どもを自由にお庭で遊ばせてくれたので、こちらも集中してできた。(ただ、最後のほうは砂利を投げ始めたので私に怒られることになったが)周りの大人はもちろん、子どもたちの人見知りしない明るい性格にも助けられ、無事に日程通り進めることができた。

 台湾へ戻ったあとは招待状の文面チェック、招待者の決定、スピーチや乾杯のお願い、細かい進行内容など。招待状の送付は両親にすべて任せた。台湾の分のみこちらで。

 9月の初め、いとこの結婚式に合わせて私一人で一時帰国した。その時には髪型のリハーサルと会場の花・プランナーさんとの打ち合わせと、2日に分けて行った。髪型はかつらじゃいやだし、洋髪かなと思っていたが、私の髪の長さなら地毛で文金高島田を結ってもらえるとのことだったので、結ってもらうことにした。まさかそんな体験ができるだなんて思っていなかったので、とても嬉しかった。花は秋らしい季節感を大切にしたものにしてほしいとお願いをした。スピーチは夫のいとこ、私の伯父にお願いし、それぞれに訳を付けることにした。それだけだと少し間延びしてしまうかもしれないとアドバイスをもらい、台中の紹介を組み込むことにした。席札は母に手書きで書いてもらい、そこに私がメッセージを書くことにした。

 台湾に戻ったあと、事前にいとこ、伯父からスピーチの原稿をいただき、それを夫と二人であーでもない、こーでもないと言いながら、完成させた。披露宴準備唯一の共同作業(笑)台中紹介については夫といとこが快く引き受けてくれた。それを日本語に訳したものの、観光案内の域から出ず、ぱっとしたものが作れなかった。お見送りのときに台中のパイナップルケーキベスト3を送ることを決定。

 そうこうしているうちに当日10日前になり私が先に帰国、司会の方とプランナーさんと最後の打ち合わせをした。台中の紹介に関して、自分の生活と結び付けるといいかもしれないとのアドバイスをもらい、夫に作ってもらったものを使って編集。自分たちが行った時のエピソードやその時の写真、家からの所要時間を書き込んで、来ていただいた方に資料として配布することにした。その他にも席札のメッセージや、挨拶、手紙の内容などもほぼ考えていなかったので、それを用意して翻訳したりなどそれなりに忙しかった。あわただしい中、前日には夫と子どもたち、義両親といとこを迎え、なんとか準備終了。一人で先に実家に帰りゆっくりする予定だったのに…。